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神戸地方裁判所 昭和27年(行)21号 判決

原告 大塚義一 外二名

被告 神戸市

主文

原告等の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等及び原告等訴訟代理人は、「神戸市警察局長が神戸市警察局懲戒委員会の決定勧告に従つてなした原告大塚義一に対する昭和二十五年六月八日付、原告森脇数富、同宮崎孝司に対する同年同月六日付の各懲戒免職の処分はいずれも無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

原告大塚義一は元神戸市警部補、原告森脇数富、同宮崎孝司は元神戸市巡査であつて、いずれも神戸市警察職員であつたところ、原告等は昭和二十四年十一月中に訴外向井繁人よりその職務に関し金員を収受しもつて収賄の罪を犯したという理由で原告大塚は昭和二十五年六月八日、原告森脇、同宮崎は同年六月六日、神戸市警察局長からいずれも懲戒免職の処分を受けた。

しかしながら右処分は左の理由により違法であり無効である。即ち神戸市警察基本規程第百三十二条には、「懲戒に附せらるべき事件が刑事裁判所に繋属する間は、同一事件に関し懲戒の処分を行うことができない」という規定があるが、その趣旨とするところは、云うまでもなく、警察職員に対し刑事犯罪を理由とする懲戒処分をなすべき場合においては、その被処分者が刑事犯罪を犯したことを前提とするものであり、その行為の存否は警察の威信に重大な関係があるのみでなく、当該警察職員の一身上にも重大な影響を及ぼすものであるから、右事案は確定の判決によつてのみ証明されるべきものであつて、決して一片の犯罪の疑によつてこれを認めるべきでないという理由に基くものと解せられる。従つて事件が刑事裁判所に繋属し未確定の場合には、その事件を理由とする懲戒処分をすることができないのは当然であり、更に右規定の趣旨からすれば、事件が警察又は検察庁等において捜査中であつて起訴すべきや否やが未定の場合(本件では原告等は処分当時いずれも裁判官の発する令状により逮捕又は勾留されていたものである)又は不起訴処分に附せられた場合においても、懲戒処分をすることができないものといわなければならない。

今本件についてこれをみるに、原告等が神戸地方裁判所に起訴せられたのは昭和二十五年六月二十七日であつて、右事件はその後ずつと審理を重ねているが、未だに第一審の判決すら宣告の運びに至つていない実情にある。然るに神戸市警察局長は、原告大塚に対しては同年同月八日、原告森脇、同宮崎に対しては同月六日、即ち前記事件がいずれも未だ起訴せられていないときにおいて原告等に収賄行為があると断定し、右行為を理由に前記処分に及んだものである。従つてさきに述べたところにより本件懲戒免職処分が前記法令に違反してなされたものであることは疑を容れる余地のないところであるが、本件のように警察職員という特殊な公職にある原告等に対し犯罪の疑ありとの一事をもつてその真偽の確認をも待たないで直ちに懲戒免職処分に附するがごときは、原告等及びその他一般警察職員の社会的地位並に警察活動の根底に影響を及ぼすほどの重大な結果を招来する虞あるものというべく極めて重要な法規違反行為であるから、本件各懲戒免職処分はいずれも違法であり無効であると述べ、

被告の本案前の抗弁に対し、原告等は本件懲戒免職処分は無効であると確信し、その旨の主張をしているのであるから、被告の手続上の抗弁は理由がない。なお被告主張事実中、原告等がいずれも被告主張の日に本件懲戒免職の辞令書の交付を受けたことはこれを認めるが、その余の事実は争う。原告等に行政法上の知識がなかつたので昭和二十七年一月十七日に請願書と題する書面を神戸市議会に提出し、被告の善処方を待つていたものであると述べ、

被告の実体上の抗弁に対し、被告主張事実をすべて否認し、被告は原告等のなした行為が警察職員としてふさわしくない非行であつたから懲戒処分にしたと主張しているけれども非行と見るべき行為があつたかどうかが問題でその事実の確定は刑事裁判による外ないのにそれを度外視して非行云々というのは当らない本件のような場合においては、その被疑事実につき起訴前ならば勤務停止、起訴後ならば休職処分に附すべきものであると述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、原告等の本件訴を却下するとの判決を求め、答弁として、

原告等の主張事実中、原告大塚が元神戸市警部補、原告森脇、同宮崎が元神戸市巡査であつて、原告等がいずれも元神戸市警察職員であつたこと並に神戸市警察局長古山丈夫が原告大塚を昭和二十五年六月八日、原告森脇、同宮崎を同年同月六日夫々懲戒免職処分に附したことはこれを認める。

しかしながら、右処分は適法であつて何等の瑕疵もなく、原告等の本訴請求は手続上並に実体上不法失当のものであるから、以下その理由を述べる。

(一)  本案前の抗弁

本件訴は神戸市警察局長のなした原告等に対する懲戒免職処分の無効確認を求める訴であるが、その実体は右懲戒免職処分の取消を求めるものに外ならないところ、本件懲戒免職処分は昭和二十五年六月六日開催の警察職員懲戒委員会の確定議を経、同日古山警察局長の決裁により行われたもので、原告森脇、同宮崎の両名に対しては同日午後八時半鼎登志男警部補をして兵庫県庁内国家地方警察取調室に赴き口頭をもつてこれを通知せしめ、更に原告大塚に対しては翌七日午後一時伊藤歳一灘警察署長に命じ、また同署長は巡査部長富田三芳及び同金沢輝明に命じて同人の自宅において口頭をもつてこれを通知せしめ、夫々これを了知せしめたものであつて、辞令面の日附は手続上前者両名に対しては同月六日附、後者に対しては同月八日附としたものである。

そしてなお古山警察局長は、右辞令を原告大塚に対しては同月二十六日附にて同人住所に郵送し、該辞令書は翌二十七日同人の留守宅に到達し、同人の妻千代子はこれを受領して同年七月一日拘置所に至り原告大塚に面会しその旨同人に報告し、原告大塚は同月二十一日出所してその頃右辞令書を見これを再確認したのである。

原告森脇については、同年六月七日午前九時山本春治生田警察署長に辞令書を送達し、本人に交付せしめることにしたが本人が出頭せず、保釈出所後呼出に応じ同年七月二十八日同署長室において本人に交付した。

原告宮崎については、同年六月七日安福熊三捜査第一課長に辞令書を送達し、本人に交付せしめることにしたが、保釈出所後同課長は同年十月三日小島直臣巡査をして大塚探偵社に至り本人に交付せしめたのである。

神戸市警察基本規程第百二十一条によれば、懲戒処分の通知は口頭をもつてすることができることになつているのであるからその処分は前記口頭通知当時適式になされており、原告等はその頃本件処分のあつた事実を知悉しているのである。

しかるに原告等はその後これに対し何等適式の不服の申立をせず、また直接訴の提起もせずして六ケ月の不変期間を徒過し、さらに二ケ年にも近い歳月を経た上本訴提起に及んだのであるから、本件訴はその適法要件を欠くものとして却下を免れないものである。

(二)  実体上の抗弁

本件において神戸市警察局長が原告等三名を免職処分に附した事由並にその手続の経過は次のとおりである。

(1)  原告大塚は、昭和二十四年十月中旬頃、生田警察署捜査係の岡巡査部長及び森脇、宮崎各巡査が神戸燃料販売株式会社小黒専三外一名を業務上横領として取調べた際、事件の進展を怖れた社長野口政吉の依頼を受けた向井繁人より金三十万円を受領し岡部長外二名に自宅で金四万円宛を交付し福原にて岡部長外二名とともに遊興した。

(2)  原告森脇は、同年同月中旬頃、神戸市燃料販売株式会社小黒専三外一名を業務上横領として捜査立件した際、事件の進展を怖れた社長野口政吉の依頼を受けた向井繁人を通じて金三十万円を収受せる警部補大塚義一より右大塚宅において金四万円を収受し右大塚外二名とともに福原に至り遊興宿泊した。

(3)  原告宮崎は、同年同月中旬頃、神戸燃料販売株式会社小黒専三外一名を業務上横領として捜査立件した際、事件の進展を怖れた社長野口政吉の依頼を受けた向井繁人を通じて金三十万円を収受した警部補大塚義一より大塚宅において金四万円を収受しその後大塚外二名とともに福島に至り遊興宿泊した。

右各行為は神戸市警察基本規程第百九条第三号にいわゆる警察職員としてふさわしくない非行があつた場合にあてはまるので、古山警察局長はこれを職務規律違反行為として同規程第百十条に基き懲戒免職処分に附したのである。

原告等は神戸市警察基本規程第百三十二条の規定を引用し、本件原告等の行為が犯罪行為として刑事裁判所に係属する間は懲戒処分を行うことができないと主張するが、被告は原告等の行為が犯罪を構成するとの理由から懲戒処分に附したのではなく、その行為が犯罪を構成すると否とにかかわらず、警察職員としてふさわしくないとの理由のみからこれを評価したものであるから、この点に関する原告の主張はあたらない。のみならず、被告が原告を処分したのは昭和二十五年六月六日より八日までのことであり、これは同年同月二十七日原告等に犯罪行為ありとして起訴のあつたときより前のことであるから、この点に関する原告の主張は理由のないものである。

そして本件においては、神戸市警察局警務課長堅山兼義は原告等に職務規律違反行為のあることを聞知し、直ちに事案の調査を開始し、右違反の事実のあることを認めたので、昭和二十五年六月六日古山警察局長に対しその申立をし、古山警察局長はその申立を受けるや同日直ちに懲戒委員会にその審査を要求し、同委員会はこれに基き同日審査をし、即日原告等を懲戒免職に附すべき旨勧告決定をし、古山警察局長は同日原告等に対し懲戒免職処分を決定した上、原告森脇、同宮崎両名に対しては同日午后八時半鼎登志男警部補に命じ兵庫県庁内国家警察取調室に赴き懲戒処分の種別程度及び理由を口頭をもつて通知せしめ、更に大塚に対しては翌七日午后一時伊藤署長を通じその命により巡査部長富田三芳及び同金沢輝明を派遣して懲戒処分の種別程度及び理由を口頭をもつて通知せしめたことはさきに述べたとおりである。

以上の如く神戸市警察局長の原告等に対する本件懲戒免職処分はその判断において妥当であり、又その措置において極めて迅速且つ適切であり、何等の瑕疵もないのである。

よつて原告等の本訴請求は失当であると述べた。(立証省略)

理由

神戸市警察局長が原告大塚義一に対しては昭和二十五年六月八日原告森脇数富、同宮崎孝司に対しては同年同月六日、夫々懲戒免職処分に附したことは当事者間に争がなく、原告等が本訴において右懲戒免職処分を違法としてその無効確認を求めていることは本件記録に徴し明らかなところである。

(一)  そこで先づ被告の本案前の抗弁について判断する。

被告は、本件訴は右懲戒免職処分の無効確認を求める訴であるがその実体は右処分の取消を求めるものに外ならないから、行政事件訴訟特例法第二条及び第五条の訴願前置主義並に出訴期間の制限に関する規定の適用があると主張するので考えてみるに、本件は当初原告等は本件各懲戒処分の取消を求める旨の訴状を提出していたが最初の準備手続期日で無効確認を求めるものだと主張を訂正したもので右訂正に対して被告からは何等の異議もなかつたものであるから当裁判所としては本件は無効確認訴訟と解する。そして行政処分の取消を求める所謂抗告訴訟の外に同一行政処分の無効確認の訴訟を認める前提に立てば―当裁判所は右見解に従う―行政処分の無効確認を求める訴訟とその取消を求める訴訟とはともに行政処分の違法を攻撃してその無効の確定を求める点において共通の性格を有するものではあるが、右行政処分の無効確認を求める訴訟は行政事件訴訟特例法第一条にいう「公法上の権利関係に関する訴訟」に属し、その性質においてはむしろ私法上の権利干係に関する訴訟と類似するものというべきであり、たゞそれが公法上の権利干係に関する訴訟であるという点において実質的に公共の福祉と密接な関連を有するのにかんがみ、これに若干の特例措置を認める必要があるとされているのである。従つて右訴訟においては行政事件訴訟特例法の規定はその一部が適用されるにすぎず、訴願前置主義に関する同法第二条並に出訴期間の制限に関する同法第五条の適用はないと解するのが相当である。従つてこの点に関する被告の主張はこれを採用しない。

(二)  よつて進んで本案について判断する。

原告等が本訴において主張するところを要約すると、神戸市警察局長は原告等の刑事事件がいずれも未だ起訴せられていないときにおいて原告等に収賄行為があると断定し本件懲戒免職処分をしたものであるが、右は「懲戒に附せらるべき事件が刑事裁判所に係属する間は、同一事件に関し、懲戒の処分を行うことができない」という神戸市基本規程第百三十二条の規定の趣旨に反するばかりでなく、警察職員の社会的地位並に警察活動の根底に影響を及ぼすほどの重大な法規違反行為であるというにある。

しかしながら、右神戸市基本規程第百三十二条は懲戒に附せられるべき事件が刑事裁判所に係属する間は、同一事件に関し懲戒の処分を行うことができない旨を規定するにとゞまり、事件が刑事裁判所に係属する以前にその事件について懲戒処分を行うことまでをも禁止するものとは解せられず、又かく拡張して解釈すべき理由もない(刑事事件の発生を予想しないで懲戒処分をした後に刑事事件になつた場合のことを考えて見ても右拡張解釈の不合理なことが分る)

そして本件においては、原告等に対する各懲戒免職処分がいずれも原告に対する公訴の提起以前に行われたものであることは、原告等自身の主張するところがあるから、原告等の主張自体によつても未だ本件処分を無効ならしめるに足るものがあるとは考えられない。

なお成立に争のない乙第一乃至第三号証、第四号証の一、二、第五号証、第六号証の二、第九号証、第十、十一、十二号証の各一、二によると神戸市警察局長は原告等に対し本件懲戒処分をなすにあたり、懲戒事実(職務に関連して金銭を収受した事実)については種々取調を行つた上これがあるものと判断し、諸般の事情から所謂警察職員としてふさわしくない非行があつたものとして、本件懲戒処分に及んだものであることを認めることができ右懲戒事実がなかつたものとの点については原告等も本訴で主張しないところであり、右処分を無効ならしめる原因について他に認めるに足るもののない本件においては、原告等の本訴請求はひつきよう理由がないものといわなければならない。

よつて訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 中村友一 土橋忠一)

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